急性心筋梗塞とは?
急性心筋梗塞とは、冠動脈内に血栓が急に形成され閉塞した結果心筋に血液が届かなくなり、心筋が壊死に陥る状態です。
心筋は体内でもっとも酸素需要量が高く、心筋への酸素の供給は冠動脈血流量に依存しています。心臓はいわば筋肉の袋ですから、その袋の中にある血液から酸素を活用できればよいのですが、残念なことにヒトの心臓ではそれができません。ヒトの心臓は冠動脈を介して供給される血液からしか酸素の供給をうけることができない仕組みになっています。
冠動脈は動脈硬化に陥りやすく、粥腫(プラーク)とよばれる文字通りやわらかい病変が、冠動脈壁内に形成されます。それがある時点で熟れた果実が弾けるように、まさに熟れた粥腫が破綻して血栓が生じます。
急性心筋梗塞は、狭心症との闘病の挙句の果てにこれを発症して命をうしなってしまう、と誤解されている方がおられるかもしれませんが、そうではありません。初めて感じた胸痛が急性心筋梗塞だった、という方が、心筋梗塞を発症した患者全体の7割を占めています。これはどういうことでしょうか。実は、前述の粥腫の破綻は狭窄度としては中等度の病変で最も生じやすいことが報告されています。狭窄度が中等度の病変は、そのままでは心筋の虚血は惹起しないのです(「狭心症」の項参照)。したがって、その状態では患者さんは無症状です。そこに血栓が生じて血管内腔をほぼ埋めつくしてしまい冠動脈血流が急速に著しく減少して初めて自覚症状を感じるわけです。
一般的には壊死に巻き込まれる心筋の範囲が広ければ広いほど、急性心筋梗塞は重症になります。広ければ広いほど心室細動という危険な致死的不整脈の発生の可能性が高まります。心室細動が発生すると血圧はただちにゼロになりますので、患者はその場で意識を失います。心室細動は電気ショックでなければ停止させることができません。幸い心室細動を停止させることができたとしても、血圧がゼロの状態が数分以上持続すると脳細胞が破壊され回復しません。また梗塞の範囲が広いほど心臓のポンプの力が低下し、内臓の正常な働きを維持できないほど血圧が低下した心原性ショックと呼ばれる状態になりやすくなります。一方、心筋梗塞の範囲が比較的小さくても稀に心臓破裂や乳頭筋断裂といった心臓の構造がこわれるような合併症が生じ、同じく生命の危険をもたらすことになります。
幸い心筋梗塞の急性期を乗り切ったとしても、梗塞の範囲が大きければ、後遺症として心不全の状態に移行することになり、最終的に寿命の短縮に帰結することになってしまいます。
したがって、急性心筋梗塞の治療には主に2つの目的があります。
- 急性心筋梗塞による突然死を防ぐこと。
- 心不全の後遺障害が残らないようにすること。
これらの目的を達成するためにもっとも有効なのは、発症後できるだけ早くカテーテル治療の可能な医療機関を受診し、閉塞した冠動脈の血流を十分に再開させることです。
急性心筋梗塞は、胸痛の発生から2時間以内に治療が終了すれば、後遺障害は残らない
急性心筋梗塞は、胸痛の発生から2時間以内に十分な血流の再開が得られれば、後遺障害は残りません。しかしながら、それが3、4、5時間と経過するにつれ治療の効果は低下し、48時間以上遅れてから血流を再開させたとしても、残念ながら本来期待されるだけの治療効果は得られません。
心電図が正常の急性心筋梗塞、血液検査で異常のみられない急性心筋梗塞もありうる
したがって、できるだけ早く診断し、治療に移行すべきです。通常典型的な急性心筋梗塞は心電図にわかりやすい変化が現れ、診断はさほど難しくありません。が、落とし穴があります。一部の急性心筋梗塞では心電図にまったく異常な変化が現れません。また、急性心筋梗塞を発症して非常に短時間で心電図を記録した場合には、まだ心電図に典型的な変化が出現していないことや、血液検査に異常が現れないことすらあります。折角患者さんが医療機関を受診し、検査まで受けたにも関わらずここで異常なしとされてしまったのでは、治療に最善の時期を失ってしまいます。したがって、心電図や血液検査でその時点で仮に異常が認められなくても、症状が持続している場合にはその合理的な原因を追究し、鑑別診断を行い、必要があれば選択的冠動脈造影を行って診断することが重要だと考えています。